写真展の準備にあたふたとしている時、知り合いから
「写真俳句の入門講座」があるから行きませんかと、誘われました。
俳句どころか、文学には全く才能がないことは自他ともに自覚している身には、無縁のようにも思えたのですが、どんな話が出るのか野次馬根性が出てきて出席しました。
今年の展示準備は半日しかないので大急ぎの準備ですが、おかげで講座には余裕をもって参加できました。
作家森村誠一氏が監修する写真俳句の紹介で俳句も写真も初心の人が気楽に始めましょうと案内され、どちらも自然体で、まずはやってみることが大切だと話が進みました。
講座はかなり人気があるようで、会議室満員の状況でした。講座は初心者対象でしたが、受講者には経験豊富な熱心な人が少なくないようで、様々な質問も出る盛況さでした。
たしかに、写真を撮るにもなにかテーマ性のものがある方が写真の主張が出て見るものに訴えるものが出てくるのは事実だと思います。俳句はよくは分かりませんが、写真があれば様々なヒントが生まれ表現に幅が出てきそうです。
結構、面白そうだなと考えながら帰ってきましたが、写真集団のメンバーの中には経験者もいて、「両方を狙おうとすると、面白さはあるかもしれないけれども、中途半端なものになる可能性は大きいよ!」との意見がありました。
これも、十分納得です。
写真と句 満足すれば 全てよし
いろいろ、理屈はあるかも知れませんが
誰でもない、自分が満足できればいいじゃないでしょうか。
参考
http://shashin-haiku.jp/
2011年9月19日月曜日
2011年1月21日金曜日
寒い中、松山城で失敗しました。
このところ寒い日が続き、できる事なら外に出たくないような天気です。
そのせいもあってか、余り写真らしきものも撮っていませんでしたが、今日は何となくカメラを持って出かけてみようと思い立ちました。
しばらく、何もしていなかったので、出かけようかと思って手近のデジイチを調べると電池が空っぽ状態です。
電池は使わない時は、満充電でなく、空の状態にしておく方が、電池の負荷が無く長持ちすると言う事が経験的にも分かっていて、使わない時は充電しないようにしているのですが、思い立った時に空っぽと言うのは気が抜けます。いかにカメラを使っていないか良く分かると言うものです。
どうせ、重いカメラを持ち出してもロクな写真は撮れないのだからと、居直りもあり、いつもポケットに入っているコンパクトなカメラを持って松山城へ向かいました。
朝早めと言うほどでもありませんが、寒さのせいもあるのでしょうが観光客はごくまばらです。「坂の上の雲」にあやかって、観光誘致に頑張って松山としてはさびしい状況ですが、カメラを持つ方としては、被写体に人が入りにくくて有り難い面もあります。
寒い寒いと思っていましたが、それでも紅白の梅が開き始めて、何となく春が近付いている雰囲気を漂わせています。
城の石垣もいろいろと整備されているようで、何処となくすっきりと締まった感じがあります。その石垣のモザイク模様を眺めていると、様々な造形になっていて、太陽の光線を受けると面白そうな題材になりそうです。
いつものように歩いて登り、城の回りを一回りしながら、それでもかなりの数のシャッターを押して帰って来ました。
ギャラリーへ帰り、暖かめのコーヒーを淹れて、カメラのメモリーを取り出しパソコンで見始めました。
その瞬間、「今日は何をしていたのだ!」と
大きな後悔の念が湧いてきました。
どうしてか、全てのカットはVGAサイズの小さなカットになっていました。これではたとえ傑作があっても全く使い物にはなりません。
そう言えば、先日ブログ用にとサイズを変更してそのまま使っていたのでした。その後石手川で撮影散歩をしたのですが、それも全て小さくなっていて、大きなため息が出てきました。
ただ、冷静に考えると、撮ったカットにはロクなものが無く、パワー不足の私のパソコンでもスイスイ動き見るのは大変楽でしたので、次の大きな反省として大きな学習になりました。
2010年12月8日水曜日
御堂筋を歩く、冷静にシャッターを押す
先日、仕事で訪れた大阪で御堂筋の銀杏並木の金色に輝くその壮観さに圧倒され、持っていたカメラのシャッターを押しまくっていました。
どちらを見ても素晴らしい銀杏の紅葉が、太陽の光に輝いていて、壮大な雰囲気でした。
余りの迫力にカメラを向ければ、どんどん素晴らしさが収められそうに思うのですが、写真として冷静に見ると、適当に撮ったのではなかなか面白い雰囲気にはなりません。
後ろのビルも雑然と並んでいます。道路を通り過ぎ
る車も結構目障りです。歩いている人もいい雰囲気になる場合もありますが、結構大きなインパクトがあり、自分の思いムードとは違った印象を作ってくれる事がほとんどです。風景の中にどのように収まるか考えるとあまり大きく出て欲しくはありません。通り過ぎるのを待つのが賢明です。
今は肖像権にもいろいろと問題が残りますから、人がはっきりと出てくるのは考えものです。必要な場合はそれなりにお願いする必要があります。
葉を照らす光も、正面からの光では立体感も輝きも出てこなくなりますから、出来れば逆光で葉を後ろから輝かせてくれる位置で撮りたいものです。
しかし、正面から太陽の光がそのまま入ってくるようでは、画面全体が真っ黒になりかねません。露出や光の角度を一番感動できる方向にしたくなります。
写したいものをいかに盛り上げてくれるか、その雰囲気を大
切にしたいものです。影を主体にとって、その陰から主体を連想させるようにできれば、余計面白くなります。そんなことを考えないでも影だけ見ていても楽しいものです。
切にしたいものです。影を主体にとって、その陰から主体を連想させるようにできれば、余計面白くなります。そんなことを考えないでも影だけ見ていても楽しいものです。
主体がはっきり写り過ぎているよりはいろいろと連想が働くものが、興味を高めてくれるような時があります。
影を追うなら、反射も面白いですね。
主体がストレートに写らないだけに、デフォルメした形の面白さや、意外なものとの合成で別のイメージがわいてきたりと興味が尽きません。
こんな事を考えながら、どうせデジタルなのでいくら撮っても費用はかからないとばかりにシャッターを押しまくり、後でどれも中途半端なカットばかりを整理するのに、たいへんな時間と労力をかけることになってしまいました。
いくら、素晴らしい被写体を目にしても冷静に考えたいものです。
2010年10月19日火曜日
10月ワークショップ展示(その2)
10月の声を聞いて、とんでもない暑さの続いた夏が終わり確実に秋の風になりました。
いくら地球の動きがおかしいと言っても季節はあるものだと、あらためてうれしくなりました。
2階で行われているパッチワーク展の来場者は女性ばかりですが、今月のワークショップ展示も女性ばかりになりました。
様々な社会活動も女性の方が積極的になって来たのでしょうか。
今月の池田さんの作品は何だろうと考えさせるのではなく、見た瞬間に「面白い !」と感じさせるアートワークと言っていいでしょう。そう言えば2階で展示されているパッチワークの面白さに通じるものかもしれません。
展示している作品は正方形の額に入れてありますが、撮った時の角度なんか考えないで、面白と思う方向に展示できるのが楽しいですね。
藤浦さんの作品は松山市の堀之内公園で行われた、祭りのイベントを撮影したものですが、ただ単に記録として撮影するのではなく、何となくアートを感じさせる切り取りを狙っているのがさすがと思わせるカットです。
全体を何気なく撮ったのでは、人を感動させる面白さが出てきませんから、いかに整理し、何を見せたいか明確にする必要があるのでしょう。
愛媛の祭りのビッグイベントの新居浜の太鼓台が終わり、いよいよ本格的な秋に入ってきたようです。
今月のワークショップ展示
2階ではトミーパッチワーク展が行われていますが、1階では毎月のワークショップ展示を行っています。
先月の個展では大変な入場者を集めた吉田さんは今月も休むことなく展示されています。
秋らしい作品の紅葉も素晴らしいのですが、抜けるような青空は誰の目も引き付けるようで、だれしもしばらく見入ってしまいます。
リバーサルフィルムにこだわっている、その独特の映像感覚が為せる賜物のような雰囲気があります。
街角をおしゃれに切り取る須山さんの作品は、ますます冴えわたるような雰囲気で、今月はウィンドウのマネキンをテーマに制作されています。独特の雰囲気は見る者を圧倒するような力も感じられます。ぜひ、一度見ていただければ、いままでとは違った写真の世界を発見できそうです。
2010年10月6日水曜日
あーー? また大失敗!!!
広島の街を歩いてきました。
いつもは電車の写真ばかりを追っかけているのですが、広島は近代的な都会ですが、ゆったりと電車が走っているだけでなく川が街の中に流れていて、街の喧騒を静めてくれる落ち着きがあります。
川には散歩道やゆっくりと休めるベンチも豊富にあり、少し時間があると歩いてみたくなります。
今回はリコーのちょっとマニアックなコンパクトデジカメを持参していたので、あちこちの街中をスナップして来ました。
気に入った、街中のしゃれたショップのショーウィンドウなどもシャッターを押して来ました。
松山へ帰って、とったカットを整理していて、「なんか画像が変だよなー」と気が付きました。一杯撮った写真は全てVGAサイズなのです。これではまともなプリントなど出来ません。
出かける前にブログへ使いたい証拠写真を画像サイズを変更して撮っていたのですが、戻すのを忘れていたようです。
時々、忘れた頃にしでかすのですが、いつもは撮影途中に気が付くのですが、今回はまる3日間もまるで気が付かず、帰り着いてからやっと分かると言うのは今までで最悪です。
フィルムのカメラでもフィルムを入れないで撮っていたり、スプロケットにうまく掛かっていなかったりでまるで何も取れなかった経験をずーーと以前にしていまたが、ディジタルになっても似たような失敗は少なくありません。
設定忘れとしては、露出補正やホワイトバランスの設定忘れなども良くやりますが、時々プレビューしていれば気が付きます。特にEVFのカメラだと撮りながら気が付きますから安心です。意外に失敗するのは液晶画面しかないカメラを持って明るといところで撮影を続けると、画面が見づらく、チェックを忘れる事があります。
もう、この画像をどうするか見るたびに腹が立ってきます。
2010年9月21日火曜日
吉田写真のこだわり
吉田さんの個展がわいわいがやがやと盛大に盛り上がって、展示期間を終了しました。
入場者が200名を超えるとは予想していませんでしたが、軽くオーバーしたようです。確かに見ごたえのある写真がどっさり並び、様々な人たちに興味を抱かせるものでしたが、個人の写真展で一週間に200名以上が来場するとは驚きです。
何気なく見ていて感心したのは作品としての写真の完成度もさることながら、全ての写真に撮影日と撮影場所がきちんと入っていることでした。
撮影日なんてファイルのデータを見れば簡単じゃないのとデジタル写真なら言えるのですが、フィルムに何も記録されていないものを全てメモしてあると言うのは、グウタラ写真しか撮れない私には関心以上の脅威としか言いようがありません。
これだけ、きちんと整理できるからすばらしい写真が取れるのかもしれません。いつ、どのような場所で撮るとこんな写真が出来たのだから、次はこんな工夫をしたらどうなるだろうなんていうことが、大きな成長を生むのでしょうね。
写真展が終わったら新しい写真を撮影するために、もう山へ行ってしまったようです。
写真展の作品はもうしばらくギャラリーへ展示していますので、見逃した方はぜひアーツビレッジを覗いて下さい。
入場者が200名を超えるとは予想していませんでしたが、軽くオーバーしたようです。確かに見ごたえのある写真がどっさり並び、様々な人たちに興味を抱かせるものでしたが、個人の写真展で一週間に200名以上が来場するとは驚きです。
何気なく見ていて感心したのは作品としての写真の完成度もさることながら、全ての写真に撮影日と撮影場所がきちんと入っていることでした。
撮影日なんてファイルのデータを見れば簡単じゃないのとデジタル写真なら言えるのですが、フィルムに何も記録されていないものを全てメモしてあると言うのは、グウタラ写真しか撮れない私には関心以上の脅威としか言いようがありません。
これだけ、きちんと整理できるからすばらしい写真が取れるのかもしれません。いつ、どのような場所で撮るとこんな写真が出来たのだから、次はこんな工夫をしたらどうなるだろうなんていうことが、大きな成長を生むのでしょうね。
写真展が終わったら新しい写真を撮影するために、もう山へ行ってしまったようです。
写真展の作品はもうしばらくギャラリーへ展示していますので、見逃した方はぜひアーツビレッジを覗いて下さい。
2010年3月5日金曜日
写真展 「ニライ」 銀座ニコンサロン
以前はニコンサロンとキャノンギャラリーは近い場所にあり急いでいる時にも便利で、楽しいスポットだったのですが、なぜか同じ銀座でも離れた場所になりちょっと不便になりました。
ライバルどうしでも、近い方が、双方とも来客数は多くなると思うのですが、いろいろ事情があるのでしょう。
今日は沖縄から南の東南アジアの国々で撮影されたものです。私のその場所からの印象は底抜けに明るいおおらかな世界をイメージしますが、今回の染谷さんの作品は子供の死とその送葬を取り上げたもので、かなり考え深い作品です。私の最も苦手な世界でじっくり拝見するにも気が重くなります。
一枚、一枚どんな生活のどのような背景のもとにこの写真になっているのかとか、その社会背景、もっている宗教など私には難しすぎます。
出てきた写真は奥深い表現しているせいか、独特の色を感じます。このような写真にはモノクロ写真を使って意志的に独特の雰囲気を感じさせようとしたりするものですが、カラーでリアルな表現しておりより難しい面が少なくなかったのではないかと思います。
このような写真の面白さは分かるのですが、一般性、大衆性など考えるとどれだけ受け入れてもらえるか難しそうな面を感じてしまいます。いろいろ難しい状況は少なくないでしょうが、これからもさらに切り込んで考え深い作品を見せて欲しいと応援をしたいものです。
ライバルどうしでも、近い方が、双方とも来客数は多くなると思うのですが、いろいろ事情があるのでしょう。
今日は沖縄から南の東南アジアの国々で撮影されたものです。私のその場所からの印象は底抜けに明るいおおらかな世界をイメージしますが、今回の染谷さんの作品は子供の死とその送葬を取り上げたもので、かなり考え深い作品です。私の最も苦手な世界でじっくり拝見するにも気が重くなります。
一枚、一枚どんな生活のどのような背景のもとにこの写真になっているのかとか、その社会背景、もっている宗教など私には難しすぎます。
出てきた写真は奥深い表現しているせいか、独特の色を感じます。このような写真にはモノクロ写真を使って意志的に独特の雰囲気を感じさせようとしたりするものですが、カラーでリアルな表現しておりより難しい面が少なくなかったのではないかと思います。
このような写真の面白さは分かるのですが、一般性、大衆性など考えるとどれだけ受け入れてもらえるか難しそうな面を感じてしまいます。いろいろ難しい状況は少なくないでしょうが、これからもさらに切り込んで考え深い作品を見せて欲しいと応援をしたいものです。
写真展 銀座キャノンギャラリー
東銀座の地下鉄駅を出てすぐの場所にあるキャノンのギャラリーへは機会を見つけてはのぞいています。ショールームも兼ねていて新製品を見つけて楽しむこともあります。
今回はサーキットを取り巻く様々なドラマを撮影したものでした。さすがに手慣れたプロカメラマンだと思わせる普通では撮れないカットが少なからずあり、隅々まで楽しめました。
私は車のメカにどうしても興味を持ってしまって人よりも機械へ目が行くのですが、サーキットで行われる様々な感動を捕まえて見せてくれ、なるほどと唸らせるシーンばかりです。
写真はカラーで撮影されているのでしょうが、写真のプリントはモノクロにして一部だけをカラーを残している表現方法です。
この表現は自分の思いを具体的に表現でき、より印象深い作品に出来るのではないでしょうか。しかし、写真隅々にまでなかなか見ごたえのあるパーツが少なくないのですが、どうしてもカラーの部分に目が惹かれ全体に目が行かない恐れがあるのは残念です。説明とか記録とかという写真の意味合いよりもいかに感動を与えるかアートとしての説得力を重視する表現なのかもしれません。
昔の銀塩フィルムの世界ではこのように一部をカラーで残そうとすると現像所に細々とお願いしてつくるしかなかったのが、デジタルの世界では素人でも比較的簡単にできるようになり、いろいろ試し印刷することを経済的に楽しめるようになりました。
技術だけを見られると、プロとしての違いが出しにくい難しい時代に入ってたのではないでしょうか。
今回はサーキットを取り巻く様々なドラマを撮影したものでした。さすがに手慣れたプロカメラマンだと思わせる普通では撮れないカットが少なからずあり、隅々まで楽しめました。
私は車のメカにどうしても興味を持ってしまって人よりも機械へ目が行くのですが、サーキットで行われる様々な感動を捕まえて見せてくれ、なるほどと唸らせるシーンばかりです。
写真はカラーで撮影されているのでしょうが、写真のプリントはモノクロにして一部だけをカラーを残している表現方法です。
この表現は自分の思いを具体的に表現でき、より印象深い作品に出来るのではないでしょうか。しかし、写真隅々にまでなかなか見ごたえのあるパーツが少なくないのですが、どうしてもカラーの部分に目が惹かれ全体に目が行かない恐れがあるのは残念です。説明とか記録とかという写真の意味合いよりもいかに感動を与えるかアートとしての説得力を重視する表現なのかもしれません。
昔の銀塩フィルムの世界ではこのように一部をカラーで残そうとすると現像所に細々とお願いしてつくるしかなかったのが、デジタルの世界では素人でも比較的簡単にできるようになり、いろいろ試し印刷することを経済的に楽しめるようになりました。
技術だけを見られると、プロとしての違いが出しにくい難しい時代に入ってたのではないでしょうか。
2010年2月24日水曜日
松前フォトサークル展
自分の写真を撮るとき、いろいろな写真を見ておくことは大変参考になります。いいなあ!と思った写真を真似てみるのもいいかもしれませんが、自分と違う思いで撮られた写真を見たとき、自分だったらこんなに撮るだろうなとか、こんな仕上げ方法もあるだろうなとかいろいろ考えられます。
写真を見て何となく通り過ぎたものでも、全体を見たあともう一度みると意外に面白く感じたり、最初に感動したものが、しばらくするとそれほどにも思わなくなったり、眺めているうちに変化があるのも楽しいものです。
天気がよく、何となく外出して、NHKのアートギャラリーで開かれていた松前フォトサークルの四季の彩り写真展を拝見してきました。
力の入った風景があり、視点を凝らしたアート作品があり、季節の記録があったりと様々な作品が展示されていて楽しく拝見できました。
どれも、それぞれの観点で楽しまれながら撮影している雰囲気が感じられましたが、同じ大きさの画面にまとめられ、写真展として統一感を感じるのも見ているものに安心感を与える効果が感じられました。
さらに同じ額でも一列に並べるのでなく、個人ごとに多少上下させて躍動感を持たせる配置も悪くないと感心させられました。
今度の日曜日までの開催だそうです。
2010年2月11日木曜日
堀之内公園
この所、松山地方は梅雨のような天気で少しうっとうしい空模様ですが、いつもからからになっている石手川も少しゆったりとした落着きを感じるような眺めになっています。
雨模様の中を、わざわざ来ていただけるお客様も少ないので、ギャラリーをほったらかして堀之内公園に出かけてきました。
「坂の上の雲」の観光に合わせるにしては少し遅いような気もするのですが、あちこち整備工事の真っ盛りで散歩するには不便な状態ですが、梅があちこち咲き始めています。
カメラに少し明るめのズームレンズを付けて花を撮る体制で出かけました。雨のしずくが残っていて、木々もしっとりと落ち着いた雰囲気で写真を撮るにはおもしろいムードです。
このところ、ドライバーや半田ごてを握ってオーディオ遊びばかりしていたので、写真の感覚が鈍っているのが自分でもよく分かります。
写真もスポーツも音楽も継続しないとセンスも技術も維持どころか、落ちていく一方です。もともとまるで才能には恵まれない私の感覚ではひらめきもありません。
赤、白、ピンクと華やかな梅の花に見とれてシャッターを押しまくっていましたが、帰ってきて眺めるとろくなカットが出てきません。今まで何年も撮り続けている場所だけに、それほど苦労するものはないはずなのですが、どうしてこうもピンボケや背景が乱雑だったり、画面の構成以前の問題です。
下手なくせにいろいろとカメラを取り替えて遊びたくなるのも問題で、カメラのフォーカスエリア設定を変えようとしたら、なかなか見つかりません。いつも使うカメラは決めておこうと何度決心したか分かりませんが、いつも同じ失敗ばかりです。
写真にはまるで恵まれませんが1時間余り動き回ると、体が温まり何だか気持ちよくなりました。そうなんです。カメラは作品ではなく、健康のためなんです。つまらない結果なんて気にしないで、いい景色を見ながら楽しく運動しましょう。
2010年2月4日木曜日
2月のテーマは「き」です
2010年のアーツビレッジワークショップのテーマを決めていますが、2月のテーマは「き」ということにしています。
あえてひらがなを使っています。陽気の気でも容器の器でも妖気の気でも樹木の木でも、どう理解していただいても結構です。
今年のテーマはそのような気楽な気分ですべてひらがなにしてみました。
今日は天気は悪くないのですが、かなり底冷えのする日で快適とは言い難いのですが、空は澄み切った空気の色を表しているような青空です。
写真では「空気感を捕まえる」というような事を言いますが、なかなか難しい言葉でどうすれば空気を写せるか難しいものです。コントラストの効いた青い空をみれば何となく、そんな気分もしてきます。しかし、雲海の中に街並みや山々がシルエットになっているのも面白い空気感かもしれません。
カラー写真なら青というのが空気に連想されますが、モノクロならばどうなるのでしょう。
あまり、深刻に悩むこともなく、何だろう、どうしようと考えているだけでいろいろと興味が湧いてくるのではないでしょうか。
2月は気ですが、3月は「さく」にしています。そろそろいろいろな花が咲いてくるかなと思ったところはありますが、柵(フェンス)もあれば何かを作る場面や、出来上がった「作品」というものもあります。いろいろと辞書を片手に「策」を練っていただければ楽しいのではないかと思います。
今月はき(期)待をしてお待ちしています。
2010年2月1日月曜日
雨の日にはカメラを出して
昨日から松山は雨が続いています。
例年松山では冬は雨の少ないシーズンで、ダムの水が心細くなってその後の梅雨に期待することが頻繁に発生しますから、この雨は恵みの雨でしょう。
私が通勤に歩いている石手川もこのところ水のない川になっていましたから、少しは川らしくなってくれるかもしれません。
表の通りを歩く人も少なく、足早に通り過ぎていきます。私のギャラリーも雨の日にはめっきり少なくなります。おかげで私は自分だけのコーヒーを淹れジャズボーカルをのんびりと楽しんでいます。(これがずっと続くと大変ですが・・・)
雨の日、大事なカメラを出すと濡れてしまって、故障でもしたら大変ですが、こんな日こそ楽しい写真を撮ってみたいものです。
雨の日は明るさが少ないのでスローシャッターになりプレやピントには注意が必要ですが、影が少なく光がやわらかくなり、しっとりとした写真になります。
地面の照り返しがなくなり、どぎつい雰囲気が消え私の好きな雰囲気が出てきます。
夜目、遠目、傘の下という言葉がありますが、全てが美しく見えるものです。霧のような状態だと見苦しいゴミのような部分を包み隠してくれて対象物を浮き上がらせてくれる事があります。
水滴が光ったり、水面が波打つのもロマンチックな物語になります。
大事なカメラだと濡れないようにポリ袋のようなもので覆うとか、濡れたらタオルなどで素早く拭き取っておくことが大事でしょう。特にレンズは湿ったままにしておくとカビが生えてしまうことになりかねません。現在のカメラは電子回路で動いていますから、中に水分が入ると動作不良を起こしたり、錆が発生すると修理不能になってしまいます。そう考えると買ったばかりの高価なカメラを持ち出すのは気後れします。
できれば、雨の日は一番大事なカメラは家にしまっておいて、多少壊れてもあきらめがつくような機械を持って出ると思いきり動き回ることができます。おそるおそる大事に使っていたのではせっかくのチャンスも取り逃がしてしまいます。
ジャズのCDがまた終わってしまったのですが、今日はまだ誰も現れません。
2010年1月31日日曜日
松山国際写真集団年次総会
思い入れのあるお酒を持ち込み、写真や旅など様々な話題で盛り上がりました。
全員がいつも参加するわけではありませんが、世界中の写真展に参加することを目標に作品作りを心がけています。
本部を京都において青森、広島、松山に支部がありそれぞれ会員相互に撮影会や写真展を行っています。
松山のメンバーは個性的なメンバーが多く、写真を撮っているよりもカフェめぐりをしたり、酒蔵を訪ねたりカメラを忘れて楽しんでいるような雰囲気です。
様々な経歴の持ち主が集まっているだけに撮る写真も見るたびに新鮮さを覚え、いつも目を離せません。多くの写真同好会のように、写真の優劣に血眼になるような熱心さが少ないかもしれませんが、自分の撮りたい写真はこれだという信念を持ったメンバーの集まりだけに不思議な力強さが感じられます。
毎年、世界各地で国際会議が開かれ日本からも代表が出席しています。今年はベトナムで開かれる予定になっています。興味があればあなたも参加できます。
京都での日本国内外を集めた写真展のほか、松山でも毎年実施しています。
飲み会には出てきても写真の月例会にはなかなか出て来れない人も少なくありませんが、毎月会員相互の啓発のための学習会も行っています。
季節のいい時をねらって撮影会も実施しています。昨年は四万十川へ出かけましたが、今年は京都とか香川の満濃の池へ行こうかとかいろいろ計画を練っています。
もし、面白そうだからどんなものか話を聞きたいと思われる方はいつでもアーツビレッジで相談に乗れますのでお気軽に声をかけてください。
アーツビレッジへのメールでももちろん結構です。
でお待ちしています。
2010年1月30日土曜日
シャッターを押さなければ

今回の出張は一泊2日で夕方には別の予定があり早めに帰らなければならないという慌ただしいもので、あまりカメラを出す余裕はなさそうです。
しかし、宿泊予定のホテルが浅草なので何かありそうで何もしないで帰って来れそうにもありません。
駅を出ると雷門の前に出てきました。もうすぐ閉店を迎えそうな雰囲気もあり、今シャッターを押しとかないとこの雰囲気は残せそうにありません。
立派な写真を撮ろうとか、面白いカットにしたいとかいろいろ考えることはありますが、写真はシャッターを押しておかないと後から悔んでも仕方がありません。
ホテルへ行く前なので荷物を抱えながら、片手でカメラを持ってろくにファインダーも見ないでシャッターだけ押してきました。
いつも、しっかりとファインダーを確認してきちんとした構成を考えて撮ろうなんて言っているくせに、いい加減なものです。
夢中になってシャッターを押していたら、電池がなくなってきました。とりあえずシャッターを押してといっても電池がないとか、メモリーがなくなったら意味がありません。常にいつでも準備しておくことが楽しい写真の基本だと、あらためて思いなおしました。
2009年12月13日日曜日
横長写真
最近のギャラリーめぐりで銀座のニコンサロンで見た作品が印象に残りました。様々なシーンをパノラマカメラで切り取っていく中に多くのドラマを見るようで見ごたえがありました。
写真はモノクロでワイド画面に仕立てられていて、非常に整理された、大変印象深いものに感じられました。
このモノクロワイド構成が写真の持つ記録性と同時に色がないだけに見るものに多くの想像力をかきたてさせる暗示とワイド画面による、画面に余計なものを出さない整理ができているのではないかと思えます。普通に写真を撮っていると、四角形の映像よりも横長(縦長も)の映像が画面の整理をつけやすい気がします。一時期流行したパノラマ写真やデジタルTVの画面が新鮮な印象だけでなく説得力のあるイメージを作りやすいということがありそうです。
じゃ、すべてモノクロワイドで撮ればいいのかと言えるかと問われればとんでもない、作者が何を訴えたいか明確に示さないと余計なものが入り混じった意味不明の画面になり、より作者の力量が問われそうです。
難しさは分かりながら一度は挑戦してみたい映像表現になりました。
写真はモノクロでワイド画面に仕立てられていて、非常に整理された、大変印象深いものに感じられました。
このモノクロワイド構成が写真の持つ記録性と同時に色がないだけに見るものに多くの想像力をかきたてさせる暗示とワイド画面による、画面に余計なものを出さない整理ができているのではないかと思えます。普通に写真を撮っていると、四角形の映像よりも横長(縦長も)の映像が画面の整理をつけやすい気がします。一時期流行したパノラマ写真やデジタルTVの画面が新鮮な印象だけでなく説得力のあるイメージを作りやすいということがありそうです。
じゃ、すべてモノクロワイドで撮ればいいのかと言えるかと問われればとんでもない、作者が何を訴えたいか明確に示さないと余計なものが入り混じった意味不明の画面になり、より作者の力量が問われそうです。
難しさは分かりながら一度は挑戦してみたい映像表現になりました。
2009年12月12日土曜日
デジタルカラー
いくつかのギャラリーをはしごして、様々な作品を見せて頂き、多くの感動や驚きや新たなアイディアなど様々な刺激を受けて楽しんでいますが、最近の展示では一目でディジタルプリントだと感じる展示が多くなっています。
以前からのフィルムと印画紙を使って表現されていた写真と違った色表現でそれが面白くないということではないのですが、新しい色のワンパターンになっているような感じでもっと様々な表現があっていいのではないかと素人ながら考えてしまいます。
デジタルカメラで撮ったイメージを顔料タイプのインクで打ち出すと独特の色になるように感じます。印刷用紙も印画紙のような光沢の物でなく、光沢のないマットタイプが使われていることがほとんどで余計にデジタルプリントと感じるのかもしれません。
顔料タイプのインクを使ってインクジェットプリンターで出力すると光沢紙の場合、インクの反射と用紙の反射が違い特に暗い画面では不自然になることが多いのでマット紙が選ばれているのかもしれません。
さらに写真の表現を強調し重さを出すためか、かなりコントラストや彩度を強調しているようなことが多くよりデジタル臭くなっていると感じられます。
映像表現なのですから作者の意図が一番伝わる表現をすればいいのでしょうが、何十年もの過去から写真を見ていた眼には新鮮さと同時に何か異質な感じがして素直に入り込めないのは年寄りの素人のたわごとかもしれません。
私のギャラリーでも伝統的な処理をされているような写真を見るとなぜか安心感や落着きを感じます。そのうち、私もデジタル化されるかもしれませんが。。。
以前からのフィルムと印画紙を使って表現されていた写真と違った色表現でそれが面白くないということではないのですが、新しい色のワンパターンになっているような感じでもっと様々な表現があっていいのではないかと素人ながら考えてしまいます。
デジタルカメラで撮ったイメージを顔料タイプのインクで打ち出すと独特の色になるように感じます。印刷用紙も印画紙のような光沢の物でなく、光沢のないマットタイプが使われていることがほとんどで余計にデジタルプリントと感じるのかもしれません。
顔料タイプのインクを使ってインクジェットプリンターで出力すると光沢紙の場合、インクの反射と用紙の反射が違い特に暗い画面では不自然になることが多いのでマット紙が選ばれているのかもしれません。
さらに写真の表現を強調し重さを出すためか、かなりコントラストや彩度を強調しているようなことが多くよりデジタル臭くなっていると感じられます。
映像表現なのですから作者の意図が一番伝わる表現をすればいいのでしょうが、何十年もの過去から写真を見ていた眼には新鮮さと同時に何か異質な感じがして素直に入り込めないのは年寄りの素人のたわごとかもしれません。
私のギャラリーでも伝統的な処理をされているような写真を見るとなぜか安心感や落着きを感じます。そのうち、私もデジタル化されるかもしれませんが。。。
2009年12月7日月曜日
ビルを写す
「いつも歩いている石手川で、毎回飽きもせず写真が撮れるものですね。?」というようなことを尋ねられることがあります。私自身もそれほど変わらない風景を撮り続けても無駄なような気がすることが少なくありません。
何気なく歩いていると代り映えはしないのですが、その気で眺めていると毎回新しい発見をして、新しいドラマを感じてしまいます。それを映像にしようとシャッターを押した時は、様々な興奮を覚えるのですが、後で取り込んだ写真を眺めるとあまり、代り映えがしないことがほとんどです。
写真は現実の世界から非現実の世界をとらえ、新しいイメージを作り上げる面白さがあります。非現実の世界を実現するためには作りたいイメージ絞り込む必要があり、写し込みたい被写体をとりあげ、それ以外の被写体を画面に入れないために、ファインダーを見ながら構図を考えます。ちょっとしたカメラの動きにより取り込むイメージが変わってきます。
イメージに大きく影響するものに自然の風景と人口の構造物、特にビルのような大きなものは大きく関係します。自然の風景を取り込みたい時は、できる限りビルや電線や舗装道路などが入らないような構図を探してうろうろしていることが少なくありません。
私が歩いている石手川沿いは街中にあるだけに新しい建物が増え、アングルがますます難しくなっています。それだけに毎日撮り歩く楽しみが多いのかもしれません。
何気なく歩いていると代り映えはしないのですが、その気で眺めていると毎回新しい発見をして、新しいドラマを感じてしまいます。それを映像にしようとシャッターを押した時は、様々な興奮を覚えるのですが、後で取り込んだ写真を眺めるとあまり、代り映えがしないことがほとんどです。
写真は現実の世界から非現実の世界をとらえ、新しいイメージを作り上げる面白さがあります。非現実の世界を実現するためには作りたいイメージ絞り込む必要があり、写し込みたい被写体をとりあげ、それ以外の被写体を画面に入れないために、ファインダーを見ながら構図を考えます。ちょっとしたカメラの動きにより取り込むイメージが変わってきます。
イメージに大きく影響するものに自然の風景と人口の構造物、特にビルのような大きなものは大きく関係します。自然の風景を取り込みたい時は、できる限りビルや電線や舗装道路などが入らないような構図を探してうろうろしていることが少なくありません。
私が歩いている石手川沿いは街中にあるだけに新しい建物が増え、アングルがますます難しくなっています。それだけに毎日撮り歩く楽しみが多いのかもしれません。
2009年11月25日水曜日
松山国際写真集団展
11月ももうすぐ終わりになりそうです。いろいろとやりたい事、しなければならない事がたくさんありながらあまり芳しい成果はありません。
12月1日からは私の所属する松山国際写真集団の写真展が愛媛県美術館で始まりますが、未だに出展作品ができず、泥沼状態です。今までにない新しい挑戦をしてみたいという大それた夢を持ちながら出てくる作品は代わり映えしないばかりか、今までの作品の方が余程まともに見えるものばかりです。
いらいらしながら毎日を過ごしていると一ヶ月があっと言う間に過ぎ去り、秒読み段階に入って来ました。一度はこれにするぞと決めたテーマもどうにも整理できず、結局適当なものでお茶を濁しそうです。またいつものパターンに終わりそうです。
今までも大したことができたわけではありませんが今回挑戦してみたいと思ったことは「何気ない日常に頑張る自然」のようなもです。テーマに沿いそうに思える写真を格納したフォルダーを何度も見ているとどれもつまらなく見えてしまいます。
とうとう、展示前日になりました。
ここまで来ればあきらめの境地です。見慣れた写真でも人並みには見えるでしょう。ただ、見せ方で工夫をしてみるとにしました。
同じような絵でも見せ方で結構イメージが変わるものです。額に入れるだけでも作品らしく見えるものです。
今回は一枚の写真を18枚に分割して小さめの額に入れてみました。適当に間隔をあけて眺めると家の中から窓を通して外の風景を眺めるような雰囲気ができました。
今回はここまでです。
12月1日からは私の所属する松山国際写真集団の写真展が愛媛県美術館で始まりますが、未だに出展作品ができず、泥沼状態です。今までにない新しい挑戦をしてみたいという大それた夢を持ちながら出てくる作品は代わり映えしないばかりか、今までの作品の方が余程まともに見えるものばかりです。
いらいらしながら毎日を過ごしていると一ヶ月があっと言う間に過ぎ去り、秒読み段階に入って来ました。一度はこれにするぞと決めたテーマもどうにも整理できず、結局適当なものでお茶を濁しそうです。またいつものパターンに終わりそうです。
今までも大したことができたわけではありませんが今回挑戦してみたいと思ったことは「何気ない日常に頑張る自然」のようなもです。テーマに沿いそうに思える写真を格納したフォルダーを何度も見ているとどれもつまらなく見えてしまいます。
とうとう、展示前日になりました。
ここまで来ればあきらめの境地です。見慣れた写真でも人並みには見えるでしょう。ただ、見せ方で工夫をしてみるとにしました。
同じような絵でも見せ方で結構イメージが変わるものです。額に入れるだけでも作品らしく見えるものです。
今回は一枚の写真を18枚に分割して小さめの額に入れてみました。適当に間隔をあけて眺めると家の中から窓を通して外の風景を眺めるような雰囲気ができました。
今回はここまでです。
2009年10月11日日曜日
秋空のもとで
晴れ渡った空のもとテニスに夢中になる人、のんびりと座り込んで、お弁当を楽しむ人、日頃の運動不足の解消に散歩やジョギングにせいを出す人などさまざまです。
私は気持ちのいい空に満足してのんびりとなんとなく歩いていますが、木の葉の影や、青い空に浮かぶやさしい形の雲などに目が行き、カメラを向けてしまいます。
空のブルーをしっかりと収めるためには少しマイナス補正にしたいし、木の葉の緑をさわやかにするためには少しプラス補正がいいかなとか、へ理屈を考えながらシャッターを押していました。
いつも、いつも見ている景色なのでそれほど変化しているわけではないのですが、やっぱりカメラで夢中になります。後で画像を確認すると、いつもと変わり映えのしないものばかりですが、気持ちがリフレッシュできる楽しい時間です。
登録:
投稿 (Atom)