写真の世界で日の丸写真と言われると、あまり良いイメージではないようです。人物でも、自動車のような商品でも富士山のような風景でも山を画面のど真ん中へ配置することは面白い雰囲気が作りにくいからでしょう。どうしても視点が真中へ集中したまま止まってしまって動きのないものになってしまいます。
人を撮る場合は視線の前の空間を余分に取ると視線に沿った動きが始まります。同じように自動車は走る方向の先を大きく開けておくと走り出しそうに見え、安心感も出てきます。大きな木を撮る場合も風の流れる方向を見せることが空間でできます。そんなことを考えながらファインダーをのぞくと頭の中にいろいろな物語ができてきて、シャッターを押す前が楽しくなります。
人の視線を感じる写真を撮ろうとすると、その視線の先に何を置くかが重要になってきます。自動車だって走ろうとする先が壁になっていたのでは空間の意味がおかしくなってきます。主題を中心から外すということは画面の動きを作ると同時にバランスが重要となってきます。
そんなことを考え始めるとせっかく楽しくなりかけていたシャッターを押すことが難しくなってきます。
でも、でも、撮りたいものをど真ん中にでっかく配置した写真がプロの写真家が撮ったコマーシャル写真に少なくないのも事実です。何しろど真ん中にドカーンと配置した構成の訴求力は大変強いものがあるのも事実なので、意識的に利用するのも大いにありのような気もします。
さあ、どう撮りますか???
2009年1月25日日曜日
ファインダー
見る人をなるほどと思わせる写真は、見せたい主題を明確に示せることが重要です。そのため、主題にばっちりピントを合わせ、できるだけ画面の中心付近へ配置します(と言ってもど真ん中は日の丸写真とか言われて敬遠されますが)。
同時に画面の中に不要な物をできるだけ写りこまないように整理します。
好きな彼女の回りにゴミが一杯散らばっていたのでは、イメージがまるで違ってきます。
部屋の中などある程度背景を自由に設定できるときは、がんばって片づけることもできますが、屋外などどうにもできない背景では、被写体をできるだけ整理できる位置へ配置したり、背景の整理できる撮影位置を探します。
ある程度は自分の目で構成を確かめられますが、画面の中にいかに不要な物を整理するか確かめるためにはファインダーでじっくりと確かめることが必要です。携帯に代表される液晶画面は大まかな方向を確認すには便利ですが、画面の隅々を確認するには不安定で見ずらいものです。
その点、プロ写真家の使う一眼レフカメラのファインダーは全体の構成を確認するにも、不要なものか画面内に入り込まないか隅々を確認するのも簡単で、明るいところでも見やすく安心感があります。
高級カメラでなくても、シャッターを押す前に画面全体を確認することは満足できる結果への近道です。
同時に画面の中に不要な物をできるだけ写りこまないように整理します。
好きな彼女の回りにゴミが一杯散らばっていたのでは、イメージがまるで違ってきます。
部屋の中などある程度背景を自由に設定できるときは、がんばって片づけることもできますが、屋外などどうにもできない背景では、被写体をできるだけ整理できる位置へ配置したり、背景の整理できる撮影位置を探します。
ある程度は自分の目で構成を確かめられますが、画面の中にいかに不要な物を整理するか確かめるためにはファインダーでじっくりと確かめることが必要です。携帯に代表される液晶画面は大まかな方向を確認すには便利ですが、画面の隅々を確認するには不安定で見ずらいものです。
その点、プロ写真家の使う一眼レフカメラのファインダーは全体の構成を確認するにも、不要なものか画面内に入り込まないか隅々を確認するのも簡単で、明るいところでも見やすく安心感があります。
高級カメラでなくても、シャッターを押す前に画面全体を確認することは満足できる結果への近道です。
2009年1月24日土曜日
作品作り
カメラを持って素晴らしい作品を作ろうと考えると、よくわからなくなります。
立派な作品とは、写したいものがしっかりと写っているものではないでしょうか。
被写体にきちんとピントが合っていて、ぶれていないことも重要です。いくらピントが合っていても被写体がぶれていては何が写っているのかわかりません。
さらに被写体がきちんとわかるように露出が正確に合っていないと、結局何が写っているのかわからないことになります。
この3つの項目が写真の基本条件になることは写真というものが始まってからづっと続いているものです。
だから、この項目が正確に合うように様々な工夫がなされてきました。
現在のカメラは露出とピントはカメラが自動的に合わせてくれるのが当たり前になっています。
さらに、シャッターを押した時、カメラが動いてもレンズやカメラの中の撮像素子が自動的に動いてブレを防止してくれる親切な機能まで付いていて、失敗ができないくらいになっています。
では、誰がシャッターを押しても理想的な写真が出来上がるかというと、不思議なほど撮影者の個性が出てくるものです。以前のように下手なピンぼけ写真は大変少なくなりましたが、写真の難しさはますますまわからなくなりました。
いったい何がいい写真なのかこれから考えてみたいと思います。
立派な作品とは、写したいものがしっかりと写っているものではないでしょうか。
被写体にきちんとピントが合っていて、ぶれていないことも重要です。いくらピントが合っていても被写体がぶれていては何が写っているのかわかりません。
さらに被写体がきちんとわかるように露出が正確に合っていないと、結局何が写っているのかわからないことになります。
この3つの項目が写真の基本条件になることは写真というものが始まってからづっと続いているものです。
だから、この項目が正確に合うように様々な工夫がなされてきました。
現在のカメラは露出とピントはカメラが自動的に合わせてくれるのが当たり前になっています。
さらに、シャッターを押した時、カメラが動いてもレンズやカメラの中の撮像素子が自動的に動いてブレを防止してくれる親切な機能まで付いていて、失敗ができないくらいになっています。
では、誰がシャッターを押しても理想的な写真が出来上がるかというと、不思議なほど撮影者の個性が出てくるものです。以前のように下手なピンぼけ写真は大変少なくなりましたが、写真の難しさはますますまわからなくなりました。
いったい何がいい写真なのかこれから考えてみたいと思います。
2009年1月22日木曜日
遠路ようこそ
東京からすごい人がギャラリーに見えました。
クラシックカメラの大家で、世界中の珍しいカメラをお持ちの方です。
私も古いカメラに興味はありますが、どちらかというとガラクタの類ですが、この人のものは50年前でも100年前のカメラでも立派に動き、フィルムも入れて写りも確認されています。
私の場合は、写ることよりもメカの面白さで終わってしまうため、世の中ではジャンクといわれるものを拾ってきて、動かないことをいいことに、すぐドライバーを持ち出し、ばらばらにしてその当時の材料やメカニズムの工夫を眺め、作った人の心意気や時代背景を勝手に想像して楽しんでいます。(この後、カメラが満足な形で復元することはまずありません!)
このように書くといかにも時代考証をしているように感じられるかもしれませんが、まるで勝手な想像で、そのカメラの製造年月すら確認しているわけではありません。プラスねじが使われていないから年代は多分50年以上前なのだろうなんてものです。
せっかく大家にお越しいただいたのに、カメラの展示は殆んどなく、ちょっと期待を裏切ってしまったような気もしますので、これからは少しガラクタも並べてみたいと思いはじめました。
時々クラシックカメラで撮った写真を拝見させていただく機会がありますが、カラーフィルムなんて全くない時代のカメラできれいなカラー写真がとれ、意外なほどシャープな線が出ているものが少なくありません。カメラが家一軒よりも高価で、限られた人の持ち物の時代の製品はそれなりに作られていたのだといつも感心させられます。
話が大変回りくどくなりましたが、ご来場ありがとうございました。機会をみて蔵シックカメラの写真展もさせていただければ楽しみだと心待ちにしております。
クラシックカメラの大家で、世界中の珍しいカメラをお持ちの方です。
私も古いカメラに興味はありますが、どちらかというとガラクタの類ですが、この人のものは50年前でも100年前のカメラでも立派に動き、フィルムも入れて写りも確認されています。
私の場合は、写ることよりもメカの面白さで終わってしまうため、世の中ではジャンクといわれるものを拾ってきて、動かないことをいいことに、すぐドライバーを持ち出し、ばらばらにしてその当時の材料やメカニズムの工夫を眺め、作った人の心意気や時代背景を勝手に想像して楽しんでいます。(この後、カメラが満足な形で復元することはまずありません!)
このように書くといかにも時代考証をしているように感じられるかもしれませんが、まるで勝手な想像で、そのカメラの製造年月すら確認しているわけではありません。プラスねじが使われていないから年代は多分50年以上前なのだろうなんてものです。
せっかく大家にお越しいただいたのに、カメラの展示は殆んどなく、ちょっと期待を裏切ってしまったような気もしますので、これからは少しガラクタも並べてみたいと思いはじめました。
時々クラシックカメラで撮った写真を拝見させていただく機会がありますが、カラーフィルムなんて全くない時代のカメラできれいなカラー写真がとれ、意外なほどシャープな線が出ているものが少なくありません。カメラが家一軒よりも高価で、限られた人の持ち物の時代の製品はそれなりに作られていたのだといつも感心させられます。
話が大変回りくどくなりましたが、ご来場ありがとうございました。機会をみて蔵シックカメラの写真展もさせていただければ楽しみだと心待ちにしております。
額
デジカメの普及で写真を撮る機会が増え、いくらシャッターを押しても費用がかからないため、じゃんじゃん撮りまくることが多くなりました。
シャッターを押したことで写真を撮り終えたと安心し、後でそれを見直さないことも少なくありません。
プリントも気楽にお家プリントや会社プリントができ、どっさり印刷して一度見たらおしまいになってしまうことも多くなってきました。
写真が貴重なときには一枚を撮るにも時間をかけ、出来上がった写真はアルバムや写真フレームに入れて大切に見ていたのではないでしょうか。
じゃんじゃん撮った写真から、お気に入りの一枚を見つけて、ちょっと高級なペーパーで丁寧にプリントして、額縁に入れてあげると見違えるようなムードが出るものです。
額も手軽なものから、美術館に並べるようなものまでいろいろありますが、少し気取った額を並べてみると、自分の写真もまんざらではないように見えてくるものです。
たまには、時間と手間をかけた写真を仕上げることも大切ではないかと感じています。
シャッターを押したことで写真を撮り終えたと安心し、後でそれを見直さないことも少なくありません。
プリントも気楽にお家プリントや会社プリントができ、どっさり印刷して一度見たらおしまいになってしまうことも多くなってきました。
写真が貴重なときには一枚を撮るにも時間をかけ、出来上がった写真はアルバムや写真フレームに入れて大切に見ていたのではないでしょうか。
じゃんじゃん撮った写真から、お気に入りの一枚を見つけて、ちょっと高級なペーパーで丁寧にプリントして、額縁に入れてあげると見違えるようなムードが出るものです。
額も手軽なものから、美術館に並べるようなものまでいろいろありますが、少し気取った額を並べてみると、自分の写真もまんざらではないように見えてくるものです。
たまには、時間と手間をかけた写真を仕上げることも大切ではないかと感じています。
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