2021年1月19日火曜日

もう歳だとは言いたくないが、どこか衰えているか?

 今朝は歩いて事務所まで出勤してきた。

 片道3Km余りで約6000歩になる、基本は石手川の堤防沿いを歩くのがいつものコースである。同じ道を歩くのも代り映えがしなくて、少しルートを変えると、しばらくの間に風景が代っていて、いつの間にか見慣れた建物がなくなり、新しい建物が出現したり、店の形態が変わったりと時代の流れを感じることも少なくない。

 歩いて事務所へ到着すると、何となく疲労感をおぼえ、しばらくは思考能力も低下し、今日は何をすべきだったか考えこむことが少なくない。

 以前は、多少遠まわりしても、特に疲労感を抱くようなこともなく、当たり前のように日常が続いていたのだが、これは年齢による体力の低下かもしれない。

 最初に、始めたのが、先日、写真仲間のメンバーに新しい人が増え、メーリングリストへの登録を依頼されていたので、追加することを本業の前に手を付けた。自営業は何をしようが自分の責任で趣味だろうが、頼まれた仕事だろうが、できる範囲で、好きな時間にできるがありがたい。サラリーマン時代は、仕事中だと趣味のことはなかなかできるものではない。

 メーリングリストはGoogleのサービス利用しているが、メンバーの追加をしようとすると、どこから手を付けていいのか、まるで頭の整理ができない。Googleのサービスメニューを眺めても一体どれがどうなのか想像がつかない。

 もともと、整理は不得意で、手順書を残すような几帳面なことはまるでしない(主義と言えるほどの思いもない、要はその時面倒なだけである)

 いろいろなデータを確認し、あちこちのメニューを行ったり来たりしながら、やっとそれらしき、メニューを見つけ、何とかデータ追加したものの、これでよかったのだろうかと不安は残るが、趣味の会の範疇なので間違っていたらゴメンナサイの世界である。

 以前も今もやることは似たようなものだと思うのだが、できるまでの時間と、やり終えた後の疲労感は今までとは異なってきたような感じである。

 判断力、実行力、記憶力、推察力、いろいろな力が衰えるものである。

 今、日本を動かしている日本の内閣の人たちは私とさして変わらないか、年上の人も少なくない。細かいことは周りの人が助けてくれるにしても、大丈夫かなと心配になる。長年胡麻を摺り、ありとあらゆるコネを使って成り得た地位でしょうから、そんなに簡単に手放したくないのも分かるが、多難な課題が山積みのこの社会で、迅速に適切な判断ができているのだろうか。飲み食いしながら、知り合いと他愛もない世間話で得た情報で判断することが万人に最大公約数で幸せな結果になるのだろうか。

連中は、次の選挙しか考えていないよ!との声も聞こえるが、この先この日本は大丈夫か余計に心配になりながら対処した、作業でした。

2020年9月9日水曜日

コロナワクチンの導入を急ぐあまりアベノマスクの二の舞にならないか???

 オリンピックを何が何でもやりたいのでしょうか。

 役人が政府に忖度して、いい思いをしたいのでしょうか。

 日本ではコロナ対策として借用書を日銀に預け、しこたま積み上げた、予備費から約6714億円を払って、問題の発生など全責任を持つから、できたコロナワクチンをすべて寄こせとばかり買いあさっているのがいるのが見えてきます。

 このやり方は、欲しくもないのに全国民に押し付けた有名なマスクのやり方に似てはいないでしょうか。

 医療の専門家は通常のワクチン開発には何年もかけるのが常識で、ろくに試験もしていない薬を健康な人にどんどん投与するのは恐ろしいことだと思っている人は少なくなさそうです。

 病気になって苦しんでいる人には、多少の副作用はあっても、重篤な病気を治せる可能性があれば、不安を上まわって使うことは希望の範囲でしょう。

 しかし、今、現在何の問題もない人間に、コロナにかからないために、多少の不安はありますが、ワクチン注射しませんかと言われると、かなり躊躇します。

 数千人に試験し、問題は出ていませんと言われても、その試験に参加した人の大半は元気で、日ごろ薬も飲んでいない人たちばかりでしょうから、毎日をよいしょよいしょと言いながら、様々な薬を服用し、すぐ新たな病気を抱えるような高齢者にも全く問題ないなんて言えるのでしょうか。

 正真正銘の高齢者と呼ばれるようになった私は当分の間、手を上げたくありません。

 少なくとも、国会議員や中央官庁の役人全員が摂取し、半年間以上何の問題もなく、そして効果が持続しているのが認められば、出ていくかもしれないねと考えています。

 そんなことを考えていると、製造しているイギリスの製薬会社が治験を少し伸ばすと発表が出てきました。

 日本は開発のお金は出して、事故の責任を持つと払った約6714億円に副作用や、後遺症の管理費用など総額1兆円近くを使って買ったワクチンは、接種を拒否され、そのうち倉庫で消費期限が切れ、さらに高額の処理費用を張って処分するようにならないか気になって仕方がありません。

 それにしても、日本にもワクチンを開発している企業や、大学など全力で取り組んでいるのではないでしょうか。この人たちには高い薬代を海外に払うくらいなら、開発費や開発要員をじゃんじゃん出してくれないかと切望しているのではないでしょうか。

 わけのわからない企業を経由し、どこでどのように作ったかわからないようなマスクと同じように見えてくるのは心配性で世の中のことをわかっていない私だけでしょうか。

2011年12月8日木曜日

今年こそ 金の輝き つかみたい

朝から降り続いていた秋雨が上がってきました。
 所用で外出していましたが、帰りに近所の電車通りの銀杏並木が雨上がりの金色の銀杏を太陽の光が照らし豪華に輝いていました。
 こんな時に限ってカメラを持たないできた事を悔やんでしまいます。それでも一度帰ってカメラを持って出直してきました。
 カメラを持たないで歩いていると素晴らしい光景に見えたのですが、カメラのファインダーをのぞくともう一つ輝きが見えてきません。逆光の透過光が絶対に素晴らしいですから露出補正をプラスにして色が出るようにしてみます。
 ファインダーで切り取ると電柱や付近のごちゃごちゃした建物や看板が目触りでなかなか整理できません。
 ぶつぶつと文句を言いながらいくつもシャッターを押して帰ってきました。
 パソコンの画面で見ると、さらにいけません。整理したつもりの背景にどうしてこんなものがあったのだろうとか、露出補正が聴きすぎて明るく平べったくなったものなどばかりです。

 しかし、雨上がりで肌寒くなった外にもう一度出かける気合いがなくなって、これでは作品など出来るわけがないですね。

銀杏並木を撮りに出たはずですがはなみずきを撮っていました。


ショーウィンドウに移った銀杏が季節感が出て面白くなりました。

2011年9月25日日曜日

全てあり 使えば不満 見えてくる フジ S3200

今日は写真展最終日で後片付けをしなければならない日です。
準備には作品の確認、案内状の送付、額の確認、タイトルの確認、印刷、受付担当者の手配などなかなか面倒な手間のかかる作業の連続でしたが、今日は写真展最終日で後片付けをしなければならない日です。後は会場の撤去作業と作品を持ちかえるだけになりました。

 一つのことも成し遂げるまでにはいろいろと時間のかかるものですが、終わりはあっさりしたものです。

 以前手に入れたソニーの高性能コンパクトデジカメをしばらく遊んでいたのですが、ファインダーがなく、後ろの液晶での確認しかできないことが、どうしても物足りなくて、もうすこしきちんと考えられるカメラが欲しくなりました。

 それなら、いくつか持っている一眼デジカメで良さそうなものですが、高倍率のレンズがついて、ファインダーも付いて、ストロボも当然ついて、パノラマ遊びもできて、そんな何でもありなのに小型にできていて、何処へでも持ち運ぶに便利そうな機械が気になり始めました。

 該当する製品はネオデジイチとか呼ばれているようで、いくつかの製品がリリースされているようです。

 一眼レフもどきの同じような形をしていてもファインダーのあるものと、無いものがあるようですが、そんな中の富士フィルムの製品が気になり始めました。

 欲しいものが全て付いていて、レンズは28倍の高倍率ズームですが、値段は一眼レフの安いレンズよりもさらに安価ではないかと思う値段が付いています。


操作性も一般的な一眼レフカメラと同じような感じで、すぐ使えそうです。

 通常の一眼レフに高倍率ズームレンズを付けたものよりはずっとコンパクトで旅行に持ち歩くにも便利そうです。

 他社の類似製品に比べてもこの製品は安価で総合性能は悪くありません。いろいろと考えていると一度使ってみたくなりました。これ一台でほとんどのことができるようになれば最高なのですが。


 実際に手に取ってみると、グリップの部分がぐんとせり出していて、コンデジカメラと比べると、いかにもカメラを持っていると感じです。しかし、旅行のバッグへ入れるくらいはできますが、ポケットにはどんな人でも無理でしょう。いかにもカメラを持っていますと見えます。
 見かけのコストパフォーマンスは最高かもしれませんが、持ち歩きには不便なのは否定できません。

 ファインダーをのぞいて、何時も調整する覗度調整が無いことに気付きました。目があまり良くない私の眼は覗度調整が必需品なので残念です。
 また、電源を入れたり、シャッターを押した時のレスポンスもちょっとがっかりです。最近の一眼レフに慣れていると、いつもイライラさせられます。

 24倍のズームレンズはさすがで24mmの広角から500mm以上の大望遠までググッと伸びていきます。さあ、好きなように撮ってくれと言わんばかりです。
 500mmにも伸びると、何を撮りたいか見定めておかないと、なかなか視野の中に入ってきません。十分な望遠鏡です。
 望遠鏡遊びにはいいのですが、コンピューターがズームしてくれるシステムは、思い通りのフレームを決めるにはやはりまどろこしくてイライラさせられます。手でグルグルと決められるようにどうしてできないのだと恨めしくなります。

 気に入ったのは単3電池を使うシステムで、何処でも手に入る乾電池や手持ちの充電池が利用できるのは大変便利だと感じました。しかし、実際に使ってみると、4本の電池を極性を確認しながらセットするのは結構面倒だと思い直しました。
 また、乾電池ではアルカリでも思ったほど持たない事を再認識しました。100円ショップの電池はあっという間に終わってしまいます。

 レンズも気にしないで見るときれいに撮れていますが、じっくりと見ると一眼レフの一般的にレンズと見比べても見劣りする感じで、値段相応かと認識しました。

 しばらく、使っていて、これだけの大きさのカメラを持ち歩くなら小型の1眼レフカメラの方がやっぱり増しかと、当たり前のことを再認識させられたような気持になりました。

 これ一台で全てOKはもうしばらく考え直す必要がありそうです。

 写真展も簡単にはできませんが、1台で全て大丈夫が簡単にできるわけないですね。

2011年9月24日土曜日

写真展はもう終わります。

 今回の美術館での写真展も明日で終わりになります。
 今年のスケジュールは休日の多いシルバーウィークだったせいか、いつもより少し来場者が少なかったようです。
 はじめは台風の影響が心配され、後半は秋空の晴天で行楽地へ出かける人が多かったので、美術館へ来てみようとする人が少なくなったかもしれません。


 個性的な作品が多い、言い方を変えれば、統一性のない作品群なのが我々のグループの面白いところでしょうか。

 来場者の意見も様々な意見が出てくるのは、そんな作品のせいでしょうか。

 ある人は、興味深くご覧いただいている作品も、別の人には全く無関心なものになったりします。

 風景やイベントを忠実に写し取ったものは、見る人が、これはあそこで、いつ頃撮ったのだと具体的な事柄で興味を持っていただけます。しかし、写真に抽象的なアートを求める人にはどこか満足できない場合が少なくないようです。

 その対極として、被写体を大胆に切り取って、形や色の面白さを狙ったような作品は、好きな人には楽しんでいただけますが、写真の記録性を重視し、いつ、どこで、誰が、何をしているのか考えるような人には、興味が湧かないようです。

 ことしも、様々は話題を提供し、製作者は、見る者の意見に一喜一憂する時間を過ごしていたようです。

 誰が何と言おうが、撮った本人が楽しいのが、一番ではないでしょうか。本人が楽しくないようでは、見る人が楽しくなるわけがないでしょう。