今朝は歩いて事務所まで出勤してきた。
片道3Km余りで約6000歩になる、基本は石手川の堤防沿いを歩くのがいつものコースである。同じ道を歩くのも代り映えがしなくて、少しルートを変えると、しばらくの間に風景が代っていて、いつの間にか見慣れた建物がなくなり、新しい建物が出現したり、店の形態が変わったりと時代の流れを感じることも少なくない。
歩いて事務所へ到着すると、何となく疲労感をおぼえ、しばらくは思考能力も低下し、今日は何をすべきだったか考えこむことが少なくない。
以前は、多少遠まわりしても、特に疲労感を抱くようなこともなく、当たり前のように日常が続いていたのだが、これは年齢による体力の低下かもしれない。
最初に、始めたのが、先日、写真仲間のメンバーに新しい人が増え、メーリングリストへの登録を依頼されていたので、追加することを本業の前に手を付けた。自営業は何をしようが自分の責任で趣味だろうが、頼まれた仕事だろうが、できる範囲で、好きな時間にできるがありがたい。サラリーマン時代は、仕事中だと趣味のことはなかなかできるものではない。
メーリングリストはGoogleのサービス利用しているが、メンバーの追加をしようとすると、どこから手を付けていいのか、まるで頭の整理ができない。Googleのサービスメニューを眺めても一体どれがどうなのか想像がつかない。
もともと、整理は不得意で、手順書を残すような几帳面なことはまるでしない(主義と言えるほどの思いもない、要はその時面倒なだけである)
いろいろなデータを確認し、あちこちのメニューを行ったり来たりしながら、やっとそれらしき、メニューを見つけ、何とかデータ追加したものの、これでよかったのだろうかと不安は残るが、趣味の会の範疇なので間違っていたらゴメンナサイの世界である。
以前も今もやることは似たようなものだと思うのだが、できるまでの時間と、やり終えた後の疲労感は今までとは異なってきたような感じである。
判断力、実行力、記憶力、推察力、いろいろな力が衰えるものである。
今、日本を動かしている日本の内閣の人たちは私とさして変わらないか、年上の人も少なくない。細かいことは周りの人が助けてくれるにしても、大丈夫かなと心配になる。長年胡麻を摺り、ありとあらゆるコネを使って成り得た地位でしょうから、そんなに簡単に手放したくないのも分かるが、多難な課題が山積みのこの社会で、迅速に適切な判断ができているのだろうか。飲み食いしながら、知り合いと他愛もない世間話で得た情報で判断することが万人に最大公約数で幸せな結果になるのだろうか。
連中は、次の選挙しか考えていないよ!との声も聞こえるが、この先この日本は大丈夫か余計に心配になりながら対処した、作業でした。